【報告】ダライ・ラマ法王14世新居浜特別講演

【報告】ダライ・ラマ法王14世新居浜特別講演

2010年11月9日(火)

瀬戸大橋が強風で一時通行不能になるほどの風が吹く日となってしまった朝、奈良のヘリポ-トへ午前9時55分に到着された法王さま一行は、「ダライ・ラマ法王14世猊下を囲む会」が用意したヘリコプタ-に搭乗され離陸、奈良から大阪府富田林を経由して鳴門大橋の南側を通過し、善通寺上空から瀬戸内海に出て新居浜市の特設ヘリポ-トに11時14分に着陸されました。飛行途中の空は曇天で、風が強く乗り心地は決して良くありませんでしたが時々雲の合間から太陽の光が差し、美しい海山谷や街を眺めることが出来ました。

新居浜の臨時ヘリポ-トに到着されたダライ・ラマ法王14世猊下

新居浜市内のホテルに到着後記者会見に臨まれました。記者たちから空から見た四国の印象について質問され、土地が大変有効に利用されていることや美しいことを賛嘆されました。
12日から広島で開催されるノーベル平和賞受賞者のサミットについて質問された法王さまは、中国の獄中にいる劉暁波氏にノ-ベル平和賞が授与されたことを讃えられました。
しかし、世界の民主主義国家から中国政府に対して日本も含めはっきりとした意見が出されないことに警告を発せられました。

記者団の質問に答えられるダライ・ラマ法王14世猊下

法王さまと初めてお会いする茂木健一郎氏の為に昼食会を予定していましたが、お風邪を召しておられる法王さまの体調を考えて昼食会をキャンセルいたしました。
午後2時からの「脳科学への旅」 -こころと脳- のセッションが行われる会場に向かわれる時、ホテルのロビ-でお二人は初めて面会されました。
会場に向かう車の中で、法王さまは茂木健一郎氏に「どうしてそんなに英語が上手なの…? 大学は何処…?」などと話をされていましたが、ものの4~5分で会場に到着しました。

「脳科学への旅」~こころと脳~
ダライ・ラマ法王14世×脳科学者 茂木健一郎氏の対談
Journey into the Brain Science – Mind and Brain –

脳科学者 茂木健一郎氏と対談するダライ・ラマ法王猊下

11月10日(水)午前9時30分~12時

法王さまは、仏教徒らが脳の研究に参加した時のことにも言及された。彼らは検査の結果『特別に冷静な人々』との評価を受けた。ところが彼らに思いやりの心についての話をしたところ冷静なはずの彼らの目に涙が浮かんだという。多くの人の意識は脳からニュ-ロンが伝わってくると信じている。当然ニュ-ロンが機能を止めれば意識も止むことになる。「しかし一部の科学者は、意識が脳に影響を与えることもある、と考えている。これははっきりした意識のレベルのことではなくもっと凪いだ意識のレベルの話だ。密教の修行をした僧侶の意識が死後何週間もその肉体を離れずにいることはよくあることだ。その間は肉体もとても新鮮に保たれる。」
英語を駆使して専門知識を分かつことのできる科学者とのやり取りを明らかに楽しまれてご様子で法王さまは、「怒りの感情を引き起こす脳の部分を切除するような手術が出来るようになるだろうか・・・?問題を取り除いてしまえるなら心の訓練をする必要がなくなるからね」と茂木氏に質問された。ロボトミーというものがあって手術は可能かもしれないが、今のところ怒りの感情を司る脳の部分は他の部分からはっきり切り離されていない、というのが茂木健一郎氏の回答でした。
「科学を学んだことで仏教の捉え方が変わったか」という質問が会場から出された。ラサにおいでになった頃、望遠鏡で夜空を眺め、日々形を変える月を見ていた時のことを思い出しながら法王さまは次のようにお答えになった。「月は光っていない。月の光は太陽から来ているのだ、ということをその時私は自分の目で確かめた。その後1960年代に天文学を詳しく勉強し、以来私は(仏教の世界観の中心にそびえる)スメ-ル山(須弥山)の存在を信じなくなった。」「それでも問題はない。仏陀は宇宙の地図を作製するためにおいでになったのではないのだから。仏陀の関心はどうしたら私たちの苦しみを減らすことができるか、ということにあった。2千年以上経った今でもそれは変わってはいない。次のビッグバンがやってきてもそれは変わらない。一万年あるいは十万年経ったら人の脳も変形して、いくつかの感情も変わっているかもしれない。しかし今のところ人間の感情は仏陀がおいでになった頃のそれと何ら変わりはない。」
法王さまは説得力のある口調で話し続け、話の核心にさらに近付いていかれた。科学者と討論をするようになったばかりの頃、アメリカの仏教徒が『科学は宗教の敵です。気をつけて下さい。』と法王さまに忠告した。「そこで私は一生懸命考えた。一般的に仏教において最も重要な手段は信仰ではなく調べること(観察と分析)だ。ナ-ランダの伝統ではそれはもっと顕著になる。苦の究極の要因は無明である。間違った見解を持っているということだ。間違った見解を覆すには正しい見解を持つように努めなければならない。そのためには実体を知る必要がある。実体を知るには観察・分析の訓練を積まなければならない。ブッダの教えでさえその対象になるのだ。」
対談も終盤にさしかかり、法王さまはご自身の実践について話された。「私はナ-ガルジュナの教儀といった伝統的な仏教の真相を究明したいと思っている。宗派が異なってもその基盤にある教えは同じだからだ。それは確固としたものだ。偉大な古典は全てのものに当てはまる普遍性をもっている。」
「この世で人間だけが高度に発達した脳をもって生まれてきた。私たちはこの素晴らしい道具を有効に使わなければならない。破壊のためではなく建設のために。」法王さまは最後に会場の人たちにそう呼びかけた。

ダライ・ラマ法王新居浜特別講演二日目
「ダライ・ラマ法王14世 般若心経を説く」
Explanation on Heart Sutra

穏やかな秋晴れの一日。法王さまは終日基本的な仏教の概念について熱心に語られた。午前中は般若心経についての法話が行われた。開演20分前、法王さまは力強い足取りでホ-ルに入場された。会場のおよそ400名の人々と共に般若心経を唱えられた後、法王さまは般若心経の真髄を語り始められた。

般若心経を説かれる法王さま

法王さまはまず3つの苦しみ(三苦)について解説されました。第一に最も解り易い感覚的な苦しみ(苦苦)。そして楽事が去ることによって生ずる苦しみ(壊苦)。最後に更なる苦しみをもたらす偏在する苦しみ(行苦)。行苦は生まれながらに私たちの中に備わっており、壊苦との識別が困難な場合もあること。
「思いやりの心や愛、寛容を通じて苦しみを断つことはできない。智慧、つまり思い込みを断ちきる能力が必要だ」と法王さまはおっしゃった。仏陀が教えた苦を断つための実践方法は基本的に3つにわけられる。1つ目は道徳に関するもの。2つ目は瞑想に関するもの。そして3つ目は智慧に関するもの。般若心経はその3つ目に入る。法話を終えた法王さまはホテルの最上階で「ダライ・ラマ法王14世猊下を囲む会」のメンバ-や帯動の人たちと昼食を取られた。新居浜市を囲む丘が見渡せる窓からは11月の明るい陽射しが差しこんでいた。

11月10日(水)午後2時~5時

ダライ・ラマ法王14世 新居浜特別講演2日目
「人々を救う 空の智慧」
Understanding the Wisdom of Emptiness to help the Humanities

午後2時から同じ会場で「人々を救う 空の智慧」と題して講演が行われた。午後も数分早くお話を始められた法王さまは、間もなく話題を複雑な哲学的内容に掘り下げて行かれた。他人を目の前にして、その人を敵と見るか味方と見るか、私たちはそういう『相対的事実』に囚われることがあるが、大切なのはそのものの本質に目を向けることだ、と法王さまはチベット語で説明された。「空というのは何もないこととは違う。私たちが『私』と云う時、その私はいったいどこにいるのだろう…?『私は具合が悪い』とか『私は元気だ』という時、私たちは一体どの『私』を指しているのだろうか…?
同様に、私たちが花を見る時、私たちは花びらや根といったその一部分だけに目を向ける。仏陀の像を目の前にしても同じことだ。朝、起きたばかりの意識がはっきりしている時を選んで『自我』と『意識』の違いを自分自身で観察してみなさい。空に関しては誰もが知りたいと思っているわけではないが、錯覚でしかない自我を取り除くのには大変役に立つ概念だ。そして空を理解すれば転生という流転からの離脱を目指すことも可能になる。

チベットハウス発行「チベット通信」

11月9・10日の3講演を終えた法王さまは、お風邪の疲れも見せずホテルへ帰られました。お部屋へ向かうエレベ-タ-の中で、「complete complete」と何度もおっしゃいました。お風邪を召しておられながらも、3つのセッションをやりとげた安堵からでしょう。私は、法王さまのお慈悲と熱意をそのお言葉から読み取ることが出来ました。

11月11日(木)

朝6時45分、法王さまのお部屋にお伺いいたしました。幾らかお咳は残っていましたが昨日とは打って変わってお元気になられているように感じました。
 「ダライ・ラマ法王14世猊下を囲む会」のメンバ-6名それぞれにカタ―をかけていただき祝福を祈っていただきました。

昨年に引き続き、今年も四国に枉駕をいただいたことへの感謝を申し上げました。

TCV(チベット子供村)への寄付金をお渡しいたしました。
法王さまから釈迦如来の仏像をいただきました。

昨年に引き続き2体の釈迦如来像をいただきました。法王さまは、9日の対談を締めくくられた時「私は、伝統的な仏教の真相を究明したいと思っている。宗派が異なってもその基盤にある教えは同じだからだ。それは確固としたものだ。偉大な古典は全てのものに当てはまる普遍性をもっている。」とおっしゃられました。私も日頃から仏教は仏陀の教えの基本に帰るべきだと考えていましたから、またしても釈迦如来像をいただいたことに大変感動いたしました。
7時過ぎにホテルを出発し、帯動の方々の大型バスに続いて追突防止のために、「ダライ・ラマ法王14世猊下を囲む会」のメンバ-の乗用車に追走していただき、後ろを守られながら一路広島に向かいました。
法王さまは、念珠を繰りながら朝のお勤めをなさっておられました。
秋の陽光に瀬戸内の小島が波上に並び、さまざまな形の橋を楽しんで車は、山陽道にさしかかりました。法王さまの希望で小休止を取るためSAに止まりました。再び出発の時、「I would like you to write down a scribble for praying traffic securely」と申し上げると助手席のシ-トにチベット語で「無事に 目的地に 着きますように」と書いていただきました。
2010年11月11日 ダライ・ラマの署名です。法王さまがお乗りになった車へのサインは日本では勿論のこと世界でも初めての事です。

ダライ・ラマ法王の助手席シ-トへのサイン

新居浜から3時間半のドライブの後、広島・プリンス・ホテルへ到着しました。
「世界サミット広島の遺産:核兵器のない世界」の取材のために集まった報道陣からコメントを求められた法王さまは、「核兵器は時代遅れだ。完全な平和の実現は無理だが、戦争を減らすことは出来る」と即答された。「G8やG20といった首脳会議が行われるが議題になるのは経済の話ばかりだ。お金は物質的な満足をもたらすが心の平静をもたらすものではない。お金によってある程度の満足を得られても実はそれは幻想だ。経済的に豊かになればそれだけ嫉妬心やストレスが増える。疑心や恐れも増す。そういう問題は全て物質的豊かさによって引き起こされるのだ」「私たちの生活に物質は欠かせない体だって必要だ。現代のテクノロジ-もとても素晴らしい。しかし物質やお金だけで幸福になると思ってはいけない。人間の内面に目をむけることがとにかく大切なんだ。」とおっしゃった。

新居浜特別講演は、集英社から本として出版される予定になっています。